戦争と平和を考える刺激になる「戦争の社会学」 ― 2016年09月22日
◎「戦争の社会学」とは何だろうか
書名と著者に惹かれて次の新書を読んだ
『戦争の社会学:はじめての軍事・戦争入門』(橋爪大三郎/光文社新書)
「戦争の社会学」とは聞き慣れない言葉で、何をどう論じているか容易には推測できない。社会学という学問は融通無碍に何でも対象にするので、思いもかけない切り口の本ではなかろうかと興味をもった。著者は私と同い年の社会学者で一般向けの著作の何冊かを興味深く読んだことがある。
◎軍事・戦争の入門書
戦争とは何かを簡潔に解説した序章に引き込まれる。まず、「戦争とは、暴力によって、自分の意思を、相手に押しつけることである」というクラウゼウィッツの定義が紹介される。ふだん何気なく使っている言葉の意味を深く考えたことがなかったことに気付かされ、先の展開を期待した。
読み進めてみると、戦争という対象をアクロバット的に料理した本ではなかった。原始時代から現代までの軍事・戦争の変遷を解説した小史が中心で、軍事における戦略、戦術や国際法を解説し、近未来の戦争も論じている。サブタイトルの「はじめての軍事・戦争入門」がピッタリの内容だ。
私は軍事や戦争の歴史に詳しいわけではないので、新たな知見もいろいろ得られたし、著者のユニークな指摘のいくつかは、あらためて戦争とは何かを考える刺激になった。
◎思考停止を脱するためのテキスト
私は著者と同じ戦後生まれの「戦争を知らない子供たち」で、これまでの人生では「海の向こうの戦争」しか知らない。著者は本書の「はじめに」を次の文章で結んでいる。
「軍事社会学は、戦後日本が思考停止を脱して、おとなの議論ができるための、またとない入門のテキストなのだ」
戦後日本が軍事・戦争に関しては「思考停止」状態だったと見なしている。と言って、再軍備を主張しているわけではない。歴史と現在をリアルに把握しなければ、平和は実現できないと述べているのだ。
わが国の非核三原則の「持ち込ませず」については、それを本当に遵守するなら、日米安保条約破棄→日本の核武装になると指摘している。身も蓋もないリアルな指摘だ。もっと踏み込めば、政治的演技の効用などもありそうに思えるが、戦後日本の平和が憲法9条だけでなく日米安保条約に負っているという認識は必要なのだろう。
◎原爆投下が人類滅亡を回避した?!
本書のさまざまな論点の中で最も驚いたのは、広島、長崎への原爆投下が正当化できるか、という議論だ。著者は明にイエスともノーとも述べていないが、原爆投下が東西の衝突による第三次世界大戦を回避したと論じている。
原爆投下なしに第二次世界大戦が終了しても、東西の核開発は進んだはずである。そして、何らかの軍事衝突の際、広島、長崎での原爆投下経験がなければ、さほどのためらいもなく核爆弾が使われる可能性は高い。それは相互の核攻撃による核戦争になり、人類滅亡にまで至ったかもしれない、と論じているのである。
だから、原爆の碑文は「安らかに眠ってください。過ちは繰り返しませんから」ではなく「皆さんの犠牲があって、わたしたちは生きていられます。感謝します、忘れません」でなければならないというのだ。納得できる。
◎戦争はなくなるのか
歴史の本を読んでいると、歴史の大半が戦争の記録の集積に思えてくる。人類は太古から現在に至るまで戦争を繰り返してきた。多くの人が戦争よりは平和を望んできたと思われるにもかかわらず、これまで戦争が絶えることはなかった。
では、今後はどうか。戦争はなくなるか。なくなってほしいとは思うが、なくなるとは思いにくい。世界中のすべての人間が「戦争はいやだ」と考えれば戦争はなくなりそうに思えるが、そういう世界の実現をリアルに想定するのが難しい。
もし、戦争がなくならないとすれば、その理由はどこにあるのか、人間がつくる社会に問題があるのかもしれない。そんなことを分析するのも「戦争の社会学」だろう・・・本書を読みながら、そんなことも考えた。
書名と著者に惹かれて次の新書を読んだ
『戦争の社会学:はじめての軍事・戦争入門』(橋爪大三郎/光文社新書)
「戦争の社会学」とは聞き慣れない言葉で、何をどう論じているか容易には推測できない。社会学という学問は融通無碍に何でも対象にするので、思いもかけない切り口の本ではなかろうかと興味をもった。著者は私と同い年の社会学者で一般向けの著作の何冊かを興味深く読んだことがある。
◎軍事・戦争の入門書
戦争とは何かを簡潔に解説した序章に引き込まれる。まず、「戦争とは、暴力によって、自分の意思を、相手に押しつけることである」というクラウゼウィッツの定義が紹介される。ふだん何気なく使っている言葉の意味を深く考えたことがなかったことに気付かされ、先の展開を期待した。
読み進めてみると、戦争という対象をアクロバット的に料理した本ではなかった。原始時代から現代までの軍事・戦争の変遷を解説した小史が中心で、軍事における戦略、戦術や国際法を解説し、近未来の戦争も論じている。サブタイトルの「はじめての軍事・戦争入門」がピッタリの内容だ。
私は軍事や戦争の歴史に詳しいわけではないので、新たな知見もいろいろ得られたし、著者のユニークな指摘のいくつかは、あらためて戦争とは何かを考える刺激になった。
◎思考停止を脱するためのテキスト
私は著者と同じ戦後生まれの「戦争を知らない子供たち」で、これまでの人生では「海の向こうの戦争」しか知らない。著者は本書の「はじめに」を次の文章で結んでいる。
「軍事社会学は、戦後日本が思考停止を脱して、おとなの議論ができるための、またとない入門のテキストなのだ」
戦後日本が軍事・戦争に関しては「思考停止」状態だったと見なしている。と言って、再軍備を主張しているわけではない。歴史と現在をリアルに把握しなければ、平和は実現できないと述べているのだ。
わが国の非核三原則の「持ち込ませず」については、それを本当に遵守するなら、日米安保条約破棄→日本の核武装になると指摘している。身も蓋もないリアルな指摘だ。もっと踏み込めば、政治的演技の効用などもありそうに思えるが、戦後日本の平和が憲法9条だけでなく日米安保条約に負っているという認識は必要なのだろう。
◎原爆投下が人類滅亡を回避した?!
本書のさまざまな論点の中で最も驚いたのは、広島、長崎への原爆投下が正当化できるか、という議論だ。著者は明にイエスともノーとも述べていないが、原爆投下が東西の衝突による第三次世界大戦を回避したと論じている。
原爆投下なしに第二次世界大戦が終了しても、東西の核開発は進んだはずである。そして、何らかの軍事衝突の際、広島、長崎での原爆投下経験がなければ、さほどのためらいもなく核爆弾が使われる可能性は高い。それは相互の核攻撃による核戦争になり、人類滅亡にまで至ったかもしれない、と論じているのである。
だから、原爆の碑文は「安らかに眠ってください。過ちは繰り返しませんから」ではなく「皆さんの犠牲があって、わたしたちは生きていられます。感謝します、忘れません」でなければならないというのだ。納得できる。
◎戦争はなくなるのか
歴史の本を読んでいると、歴史の大半が戦争の記録の集積に思えてくる。人類は太古から現在に至るまで戦争を繰り返してきた。多くの人が戦争よりは平和を望んできたと思われるにもかかわらず、これまで戦争が絶えることはなかった。
では、今後はどうか。戦争はなくなるか。なくなってほしいとは思うが、なくなるとは思いにくい。世界中のすべての人間が「戦争はいやだ」と考えれば戦争はなくなりそうに思えるが、そういう世界の実現をリアルに想定するのが難しい。
もし、戦争がなくならないとすれば、その理由はどこにあるのか、人間がつくる社会に問題があるのかもしれない。そんなことを分析するのも「戦争の社会学」だろう・・・本書を読みながら、そんなことも考えた。

最近のコメント