『フランス史10講』は歴史解釈の講義だった2026年02月11日

『フランス史10講』(柴田三千雄/岩波新書)
 講談社現代新書の『カペー朝』を読み、これまで馴染んでこなかったフランス史への多少の関心がわき、次の新書も読んだ。

 『フランス史10講』(柴田三千雄/岩波新書)

 本書の刊行は20年前の2006年5月、私が入手したのは2025年7月の23刷である。ロングセラーの定番本だろう思って読み始めた。

 ガリアと呼ばれた古代ローマ時代からシラク大統領(1995年就任)までの長い歴史を10回の講義で語っている。前半の5講がフランス革命直前まで、後半の5講でフランス革命から現代までを語っている。

 フランス史の入門書のつもりで読み始めたが、少し勝手が違った。歴史的事象の背景や構造を考察する歴史解釈への言及が多く、大学の講義のような雰囲気である。高校世界史程度の知識がある読者を想定しているようだ。フランス史に暗い私の知らない史実が説明抜きで出てくる。そのいくつかをネットや事典で調べながら読み進めた。思った以上に読了に時間を要した。

 本書を半分まで読んだ時点で、この著者の『革命と皇帝(大世界史14)』を3年前に読んだことを思い出した。私の頭の中に断片的に残っているフランス革命に関する知識はあの本に負っている。あの本に続けて岩波新書の『ナポレオン』なども読んだが、3年前に読んだ本の内容はすでに霞んでいる。

 本書によってヘェーと思った事象はいくつかある。その例を二つ挙げる。

 15世紀のジャンヌ・ダルクが歴史的に注目されたのは19世紀半ばで、それまでは忘れられた存在だった。そもそも、同時代のフランス王にとって彼女は有難迷惑で警戒すべき存在だったらしい。近代になって、国民国家の発生と結びついて「救国の乙女」と神話化されたのだ。

 ヒトラーに敗れたフランスに誕生したヴィシー政府の国家主席ペタン元帥は、当時の大多数のフランス国民にとって「救世主」であり、彼への国民の信頼は消えなかった。米国やソ連はヴィシーに大使館をおいていた。

 著者は「第8講 共和主義による国民統合」で1871年のパリコミューンについて、次のように述べている。

 「(…)コミューンのプログラムは、いっときの解放感に浸った民衆の願望を集約したものであり、実行する時間もないユートピアに終わった。このリベルテール(絶対自由主義)政治文化は、約1世紀後の「五月革命」に蘇生することになる。」

 そして「第10講 変貌する現代フランス」では、1968年の「五月革命」を次のようにまとめている。

 「それは、あらゆる意味で「栄光の30年」の産物であり、当事者自身がそのユートピア性を自覚する「祭り」であった。「五月革命」は直接的な政治成果をほとんど残さなかったが、社会、文化の深部で大きな変化を残した。」

 「五月革命」は、私のような団塊世代とって、学生時代に接した同時代の懐かしくも生々しい事象である。本書のような歴史概説書で「五月革命」に接すると、自分が古老になった気がするる。